Traces of fantasy
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 進むうち、すぐにそこは光は届かぬ闇の世界となった。
 その上少々角度のきつい階段をとにかく歩き続いているが、深く成るほど寒くなっていく以外何も変化がない。
 二人でなかったらどんなに心細かっただろうと、レイは肩を震わせる。
 まだ昼前な筈だが、ここではそんなことを忘れてしまうような、濃い闇だった。

「もうかなり歩いたよね」
「そうか? まだそんなに歩いてないと思うが・・・・・」

 時間の感覚も、今ひとつ掴めない。
 そこでアズが、ライトをつけることを提案した。
 敵の気配もない、例え戦闘になったとしてもこの暗がりで戦うよりはライトを持って戦う方がマシだ、そう判断しての事だろう。
 レイも丁度そう思っていた。
 レイはうん、と頷いて、ペンライトのスイッチに指を置く。
 光は自分の位置を魔物に知らしめるような事にもなりかねないのでこの瞬間は緊張したが、ライトを灯してみても、相変わらず辺りは静まり返っていた。
 ふぅ、と安堵の息が零れる。

「大丈夫・・・・・・みたいだね、良かった。でも、それならもうちょっと早く点ければ良かったかな」
「いや、そんなことはない。こういうのはどこまでも慎重にやるべきなんだ」

 流石アズ、と感心しながら、レイは階段の先に照準を合わせていった。
 すると、それ程遠くない先へ、階段の終わりが照らし出された。

「アズ、開けた場所があるね!」

 それから二人は程なくして、照らし出したその場所へと辿り付いた。
 開けた場所と言っても二、三人立つのがやっとな広さだったが、腰を屈めて降りてきたこれまでの階段からすれば、身長180センチのアズも背を屈めずに立てるその場所は、とても広く感じられた。
 そして、階段に沿っての角度では見えなかったのだが、

「わ、あったね・・・・・・ これが本当の入り口かな?」
「そうだな」

 降り立った二人の目の前には、レイが遺跡と言えばきっとこんな感じだろうと想像していた様な、レリーフの刻まれた、荘重な石造りの扉があった。

「うわぁ、やっぱり何かあるかもしれないよ!」

 とうとう現れたそれらしい遺跡の姿に、レイのボルテージがあがっていく。
 扉はうっすらと開いていていて、少しだけ中の様子も見てとることができ、向こう側には十分な明度があるようだ。
 少し景色が揺らめいているのは炎の明りということか。
 レイはライトをポシェットにしまい、扉に向かって意気揚々と一歩踏み出す。

「わー! 楽しみだね、アズ!」

 扉に触れようと手を伸ばす。
 ところがその時マントをぐんっと後ろに引かれて、思わず呻いた。

「俺が先に行く」

 アズはレイの前に立ち、一息置いてから、勢い良く扉を押し開いた。

 ――刹那、金属の衝突音が響く。

 何事かレイは肩を跳ねさせたが、アズの喉元にナイフが見え、凍りついた。
 黒いマントで全身を覆った何者かが、アズの喉元目掛けナイフを突き出しているようだ。
 だが突き出されたナイフにはアズのバスターソードが十字に交差している。
 アズは不意の一撃を無事受け止めたようだ。
 だがレイがそれを理解し咀嚼する時間もなく、アズは柄で相手のナイフを押し込めて喉から軌道をそらせ、相手のフードを斬り上げる。
 意味をなさなくなったフードが避け、はらりと落ちた。
 露になった、絹糸のように細く柔い金の髪。ジェダイドのような瞳が大きく見開かれ、その者は大きく後ろへ飛ぶ。
 その時レイとも視線がぶつかった。
 少女か少年か判断し難い容貌であるが、明らかにレイよりも年若そうな人物だった。

 一体何故? 何が起きたの?

 なんにせよ、この状況を止めたい。
 しかし説得の時間も与えられず。
 レイに出来たのは、扉の先の部屋に入りこむ事だけ。
 部屋――と思っていたそこは、扉の前のスペースの倍以上の幅はある太い渡り廊下で、両脇に等間隔にレイの身長くらいの燭台が並んで赤く揺れていた。

「侵されざる狂気は裂にあり
 常闇に紛れ
 全ての至福もまた紛れ
 狭間は深淵――」

(この声、男の子?)

「火で来る!」

 アズは舌打ちして、少年へ向け一本の蝋燭を蹴り飛ばすと部屋に入ったばかりのレイをひったくって部屋の外に転がり出る。

「されど想いは罪なき罪
 放たれ初めて否となる
 鎖は元より存在し得ぬ
 さぁ猛れ、昇れ――」

 アズはレイの体を扉の影に引き寄せる。
 だが扉は薄く開いている。
 直撃は免れたとしてアズが余波を受けるは必至。

(いけない! 魔法を浴びたらアズは・・・・・・!)

「混沌さえ砕き
 歓喜に震え
 黒さえ塗り替える激昂
 心のままに
 全てを忘れ、踊り狂え――」

 その時、無我夢中でアズの腕を抜け、部屋の中に駆け込み扉を中から閉めていた。
 きっと・・・・・・ 無意識でなかったら、間に合わなかった。

「っの馬鹿野郎!! 何やって――」
「アウト・バースト」

 瞬間、レイの背は激痛と共に弾かれ、
 身体は扉に打ちつけられた。
 それは足先から脳髄まで焼けるような痛み。
 炎に渦に呑まれる、視界全てが。

(熱い、痛い・・・・・・!)

 生理的反応でとめどなく溢れる涙。
 体が引き千切れそうで、もう声にはならなかった。
 アズの怒号も蝋燭の灯火も、全て遠い。
 次第に痛みすらも。
 全てが・・・・・・
 ――いや、そうではない。
 一つだけはっきり見えたのだ。
 目で見えているのか、感覚でそんな気がするのかはわからないが。
 だが、確かな、一筋の強い光。
 白いような、紫のような。

(これは、霊力増幅の・・・・・・!)

 光源は胸のブローチ。
 レイは縋る様にきつく握り締めた。

(今、意識を失ったらいけない)

 耐えなければ。
 引いていく炎の中、レイは痛みに集中することで、意識を持ち応える。

「魔力を緩和した・・・・・・ ということは貴方も、魔法を使うのでしょうね」

 未だ充満する熱気を裂く冷え冷えとした声が、靴音と共にレイの背後へ迫る。
 霊力増幅の魔鉱石製ブローチを身に付けているのは、いつか魔法を扱えるようになった時のためのフライング。
 鉱山の精霊ノッカーを救った時の、彼らからの贈り物でもあるし常に身に付けておきたかったのもあってだったが、そのおかげで体内霊力が高められ、身体を物理的炎に焼かれる事なく済んだようだが・・・・・・
 レイが首だけで振り返ると、次第に焦点が定まっていく瞳に移ったのは、手の中に刃を鈍く光らせた少年だった。
 その時、レイが全身を預けていた扉が勢い良く開け放たれた。
 少年は後ろへ大きく跳躍して距離をとる。

「生きてんのか!? おい!!」

 反動でレイは後ろに転げ痛む背を更に打った。
 しかも意識が回復していくにつれ、痛みが増してきた時の事だ。

「わあっ!!!」
「うおっ! 悪い!」

 互いにその姿を捉えたアズとレイは同時に溜息を吐く。

(アズも無事だ・・・・・・)

 そして、完全とはとても言えないが、自分も。
 しかしそれを喜ぶ時間もまた、無いのだ。

「儚き泡沫に
 汝全てのあらぶる物を隠して
 深く深く ただ――」
「させるかよ」

 アズは真っ直ぐ駆け、少年の腹部を目掛け一閃。
 だが相手も大人しく突っ立っている筈がない。
 アズが薙いだのは空。
 少年は燭台に飛び移り、詠唱を続けようとする。
 だが甘い。
 アズの剣の風圧がかまいたちとなり、気づくも避け切れなかった少年の頬を掠めていく。
 そして赤が一筋伝う時、少年の眼前にはふわりと舞う銀髪。
 翠瞳が大きく見開かれた時には、アズが腹を深く蹴り上げていた。

 少年は鞠のように舞い、地に着くより寸分早く胸を足で踏み敷かれる。
 くっと呻いて少年はナイフを抜くが、その腕が軽々捻り上げられると額に汗を滲ませ、アズを睨み付けた。

「何故、僕を狙うのです?」

 しばしの沈黙が、流れる。
 規則正しく配置された小さな炎達が、闘いなどそ知らぬ顔で揺れる中、

「・・・・・・はあ?」

 もどかしくも地に寝そべって、首だけ回して固唾をのみ光景を見守っていたレイの瞳も、丸くなる。






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