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昼食抜きで動き回ったので腹は既に若干の気持ち悪さを催しそうな程に空いていたが、魔物と戦った体のまま食事を取るのは風呂という環境にありつけない時だけにしたいものである。宿に帰るなりレイはまず体の汚れと匂いを念入りに洗い落としながら、アズが戻ったら夕飯に誘ってみようと考えていた。しかし風呂帰りにアズの部屋の戸を叩いても部屋の主は不在らしく、仕方なしにレイは再び自分の部屋へ戻る。
少し待ってみよう・・・・・・
部屋にあるのはベッドと、その脇の小棚に置かれたランプと時計。それから鏡、簡素な椅子と机。彼女の荷物は部屋の角に無造作に置かれてある。
400エセリンで机と椅子がある宿屋というのは有難かったが、ベッドを椅子代わりにして使う方がレイは好きだった。
横になったら寝ちゃうかな?
それは容易に予想できた。
だが白いベッドを見ると無性に身体を横たえたくなってしまい、少しの間だけ、その誘惑に身を任せてみようと布団に吸い寄せられる様に身体を崩す。
途端、宿に帰ってきたときとはまるで違う自分の肌から香るほのかな石鹸の香りに気分を落ち着かされ、あっという間に強力な睡魔の虜となってしまい・・・・・・・
――私、寝ちゃった!?
睡魔を跳ね除けはっと時計を見る。
しかしどうやら15分位まどろんでいただけらしかった。レイは胸を撫で下ろして身を起こす。
瞬間、鼻の奥がむず痒い感覚に襲われて、
――へくしっ!
レイは鼻を啜った。
体は既に眠りの状態を作り出し体内の熱が放出され、更に布団も羽織っていなかったのだ。
温暖気候のこの地といえど、いつものように肩を晒した服装でいるには少し肌寒い。
レイは最近は荷物袋に眠りっぱなしだったマントを引っ張り出すと身を包むように纏い、部屋を出た。
部屋を出てレイはさっそく隣の戸を叩く。空腹は寝てしまえば誤魔化せるが、それでも睡眠欲求を除けたのはこの為だ。アズと話がしたかった。
しかしながら、声をかけてみても、中からは何も返ってくることはなかった。
「いないのかな・・・・・・」
まだ部屋に帰って居ないのか。もう少し待ってみようか。しかしもしかしたら、自分が風呂に行っている時か、もしくは先程眠り落ちてしまった間に、彼は既に出掛けてしまったのかも知れない。
それなら仕方がない、帰ったらまた声をかけてみよう、とレイは諦めて一人で宿を出る。
時間も時間であるし、明日は朝も気にしなくて良い。飲み食いするには十分な金もある。レイが向かう先は宿向かいにある酒場だ。
今まで通ってきた街とは違う酒場の風景に、レイはどきどきしていた。緊張ではなく、楽しい気分だ。店内も広く、人が多くて賑やかだった。
ベリングからもう伝えられているのか、鉱夫らしい男達がジョーカーの話をしていたり、旅人らしき一行が魔法や戦闘法について議論していたり、カップルなのか旅仲間なのか、同い年くらいの男女が酒を酌み交わしていたりで、なんだか自分まで雰囲気に酔えそうだった。
レイは角のテーブル席に腰を掛けると、壁の張り紙に大きく書かれたメニューに目を通す。それから店員を呼ぶ。
しかし、すぐにやってきた店員に「何にしますか」と聞かれてレイはそこで初めてメニューに悩み出した。
一通り見終えていても決めるのは大抵店員を呼んでからになる、というのが彼女の常の事だった。
それでしばらく悩み、結局店員を少し待たせてしまってから注文する。
「大王イカの一夜干しと、おすすめのものを3品くらい。あとはお茶付けとオムライスと・・・・・・ ふむむ、ビールとコーラでお願いします」
飛び抜けて大食漢でもなければ、昼を抜いたため普段より胃も縮まっている筈。多過ぎた気もしたが、どれも外せない。
今日は久しぶりの贅沢だ。
店員はかしこまりました、とうやうやしく礼をして、レイのテーブルを去る。
それから訪れたまったりとした時間。レイは今日を振り返ってみる。
クイーンは倒せるようになったし、ジョーカーまで倒せちゃった。
フェリスは格好良かったし、魔鉱石ももらったし、なんだかいろいろだよね。
それに・・・・・ アズの弱点はビックリだったな。
大事なところでふらりと倒れてしまったアズ。今思い出すとなんだか可愛い気がして思わず頬が緩む。
そんな時のことであった。
「うわ、気持ち悪いな。何いきなり一人で笑ってんだ」
思わぬ声が投げられた。
「アズ!」
「こういうとこにも来るんだな、酒よりジュースな顔してるのに」
声の主はレイの合い向かいにどかっと腰を降ろす。
驚いて見ればそれはたった今頭に浮かべていた人物で、レイは更に驚いた。あの銀髪の青年である。
戦闘時以外はそうしているのだろうか、ブーツにパンツの裾を入れ込んでいないアズの足はすらりと長く、彼はその足を組むとテーブルに片肘立てて頬杖をついた。
切れ長で鋭い目つきに少々きつめの雰囲気を持つ彼は、他人が見れば不機嫌ともとれるかもしれない。
「うん、お酒は好きなんだ!」
反対にレイは誰が見ても機嫌が良さそうだ。
「で、あんた何頼んだ?」
「オススメの品とかビールとか」
するとアズは手を挙げてビールとヘヴァベアーステーキを追加注文する。
程なくして炭酸を含んだ、黄金色の液体にきめ細かな白泡の乗せられたジョッキが二つと爽やかな香り漂う黒色の液体、続いて食べ物が運ばれてきた。
「ちょっとあんた。何なんだ、そのてフルーティーな香りの黒い液体は」
「えっこれ? ・・・・・・コーラ?」
「そりゃわかってる、組み合わせがおかしいって言いたいんだ」
「あっ、でもコーラがさ、どうしても飲みたくなるときってあるよね?」
「そうかぁ? あぁ、あるか」
アズは最初コーラを凝視していたが、そのうち納得したような、どうでも良さそうな返事をし、それから食事に手をつけ始めた。
レイも湯気の立つオムライスを口に運ぶ。
「アズ、部屋にいなかったよね? どこに行ってきたの?」
「備品買足しながら露店見てまわって剣の手入れして風呂入って此処に来た」
なかなか詳細だが、単に端折るのが面倒だったのかもしれない。
それを裏付けるのが彼の食いっぷりであった。
彼はまずビールジョッキを半分ほど空け、それからステーキをかきこんでいく。とても美味そうに。
見ていると、彼の食事を遮るのは申し訳なく思えてくる。
「頼んでおいてこんなに食べれないし、こっちのも食べてね」
だからその言葉で一度会話は終えて、レイは飯に集中する事にした。
彼はあぁとだけ応えて、レイが想像していたよりも大分多く、彼女の皿に盛られたおかず達を掻っ攫っていった。
だが勿論レイはそんなことに腹を立てるような性格ではない。
それどころか、レイはきれいに大食する人というのが大好きなのだ。
そんな人が食事をしているところを見ると、男性に限った事ではなく女性に対してもそれは同じであるのだが、胸がきゅう、となる。
フェティシズム、のようなものだろうか。
さて、私も!
レイの空腹もこの匂やかな食事を眼前にしては、もはや限界である。
が、ある事を思って、食事に手を伸ばそうとしたその手が一瞬だけ止まる。
もしかして、良く食べる事がアズ強さの秘訣・・・・・・?
うん、そうかもしれない。
それからは、レイも負けじとメニュー達に貪り付いた。
お勧めの品として運ばれてきたソーセージはフォークを使わずに手で食べてみた。
熱かろうと、食道に詰まりそうになろうと、コーラの刺激にも負けず、彼女は耐えた。
それも、アズみたいになれるかな、師匠の技を目で盗むような一心でやったことである。
しかし必死にところへ強烈な視線を感じ、レイはふと顔を上げる。
するとアズがいつの間にか、彼女をじっと見ていた。
「まへ? まむもうふまも? (あれ、アズどうしたの?)」
「あんた、野生的だな・・・・・」
アズは若干引いている。
わ、ちょっとやり過ぎたかな?
実際のところレイは既に腹も満腹に近かったので、アズが付け加えた「腹壊すなよ」という言葉をきっかけに、飲むほうに集中する事にした。
コーラは既に空けたので、中途半端に減らしてあったビールを手に取る。
見ればアズも既に食事は終えているようで、残りものをつまみがてら酒を煽っていた。
彼が食事をしたらすぐ帰ると言い出すのでは、とも思っていたのだが、そんなことはなかった。
彼も飲むつもりで来ているようだ。ビールを追加している。
ようやく話が出来そうな空気だ。質問再開である。
「アズってどこに行こうとしているの?」
「あぁ、どこだろうな」
「目的地はないの?」
「いや? 場所は特定できていないが」
そこで一度区切られて、はぐらかされたのか聞かれたくないのか、レイはそんな風にも思ったが、彼はややあってから再び言葉を発した。
試すような視線と共に一言だけではあったが。
「レーヴァティン」
しかしいくら試されようともレイはそれを知らない。
むしろ気になって、早々に答えを催促したい。
が、彼の瞳はその名へ何かしらの反応を期待して見えたので、レイは出来うる限り頭を巡らせてみた。
れーヴぁてぃん? 場所が特定できていないって事はゲートか何か? それとも黄金郷? 宝物? 魔法?
会話内容から考えれば、固有名詞だとは思う。
しかしそれ以上は絞れなかった。特定するにはヒントも少なすぎる。
結局、何の言葉も発する事も出来ないでいると、アズが溜息混じりに口を開いた。
その様子はレイに呆れて、というより、どこか自嘲気味に見える。
「魔剣だよ、魔剣レーヴァティン」
「えっマケンってあの魔剣!?」
魔剣とは、材質や装飾以上の効果を何らか力が加わることによって宿した剣を言う。
具体的に言えば、まずここに鉄製の剣があったとして、それにサソリの眼の装飾が付いているとしよう。それは破壊力上昇の効果の付いた剣と言うことになるが、これでは魔剣とは言わない。
では今度はその剣に、太陽神ソレイアがなんらかの力を加えていて、それにより剣を向けられた相手は目の奥に強烈な光を感じて盲目状態になる、という特殊な効果が付加したとする。それは紛れも無く、魔剣という事になる。
つまり剣自体に特殊な力を宿したものが、魔剣と呼ばれるのである。
その辺りは、レイも承知している事である。
レイに限った事ではなく、良く知られた話だった。それが稀少である事も。
彼は思い返すように、レイから視線を外すと再び頬杖をついた。
「ずっと探してる。探し始めてからもう六年になるな」
「わ、六年も? アズは今いくつなの?」
「そんなにかけたくなかったけど、見つからねぇんだよ」
六年もと言う言葉に噛みついてから、
「あぁ、俺二十一」
彼は言った。
「わ、じゃあアズ四つ上なんだ」
「ふぅん、あんた四つ下なんだ」
まぁ、そんなもんかな、もうちょい低いかとも思ったけど、とアズは漏らした。
だがレイが疑問を口にした途端、アズは少年のように目を輝かせ話し始めた。
「アズ、魔剣レーヴァティンってどんななの?」
「あぁ、それはな、九つの錠の中に眠・・・・・・」
アズの割と長く固有名詞が多くてレイには少し難しかったが、端的に言えばレーヴァティンというのは物理的でありながら霊的な紅蓮の炎を宿した特殊な剣だと言う。使い手によって炎は意思のように扱われる威力魔力共に強力な魔剣で、それはこの世界のどこかに眠るとされているらしい。だが図書館にあるような文献にあるのはそこまでで、それ以上の事をを調べて彼は既に6年になるらしかった。
とにかく、レイにはそれがとても冒険的な響きを含んで聞こえた。
「わ〜、楽しそう!」
「探すのはもう楽しくねぇ、早くこの手に掴みたい」
裏腹に楽しそうに話す。
「アズ、剣が好きなんだね」
そう言えば最初から、こまめに剣を拭いていたのをレイは思い出した。
「好きだ」
「言い切ったね」
「好きだ、言い切れる」
こんな真っ直ぐな告白があったらロマンチックだな、とレイは思う。
「じゃあアズは剣一筋で魔法は使わない?」
アズが見る見る不機嫌になっていく。
「・・・・・・あんた、それを俺に聞くのか」
そう言うと彼はレイを睨みつける。
不快そうに眉を寄せていると、目つきの悪い彼は自然とそう見えてしまうのかもしれないが。
レイが口を開いたのは、それから少ししての事だった。
彼の剣への熱い告白を聞いてしまっては尚更言い出しにくく、少し悩んだが、しかしそれならいっそダメで元々だと、彼の強さに魅かれたあの時からずっと言いたかった事を口にしてみようと思った。
「それじゃあ、無理かな」
「それじゃあ? 何が?」
「うん、一緒に、行かないかなって」
「旅?」
「うん」
駄目、だよね? 目的、あるんだもんね?
レイの目指す場所はもう近いのだ。どうにかつき合ってもらえないだろうか。
無理だ無理だと思いながらもレイはどきどきしながら答えを待――
「嫌だね」
しかし即座に返ってきたのは、とてもはっきりした拒否の意思。
ただでさえ魔法の話をし始めてから彼のテンションが下がっているというのに、彼は露骨に嫌な顔をしていた。
「だいたい今話したろ? これ以上俺のレーヴァティンを遠ざける気か? それだけじゃなくいろいろあるだろうが、腕の差とか」
「わ、ごめん。そっか。そうだよね」
やっぱり・・・・・・
レイだって、すんなりOKしてくれるとは思っていない。
彼の目的の為にレイが役に立てるかは謎すぎるし、彼には何もメリットはないのだから。
けど、わかっていても本人の口からはっきり聞くまでは一抹の期待を持っていたらしい。
だから今、ショックなのだ。
でも、アズがいればきっと旅が楽に・・・・・・ じゃなくて、きっと楽しいと思うのにな。
それに初めて出来た友達・・・・・・ だと私は思ってるから。アズの今のへの字口を見ると、ちょっと自信はないけれど。
レイは項垂れた。
「やっぱり、そうだよね?」
「当たり前だ」
レイがアズを見つめながら確認するように問いかけると、アズは明後日の方向を見たままに同意した。
「・・・・・・やっぱり、そうだよね」
レイがもう一度、自答するように呟くと、今度は何の反応も、返ってはこなかった。
しかし、拒否どころか反応が無いのは淋しい事この上ない。
さっきまで、せっかく楽しそうに話していたのにな。
レイはふと、話を変えてみる。
「アズってのんべぇだね、酔わなそう」
レイはテーブルの半分を占領している空のジョッキに目をやった。
「そうでもない、量はのめるがその分きっちり酔う」
「なるほど・・・・・・」
言ってレイは自分の酔いを意識した。金に心配がないので、自分も量を気にすることなく飲んでいた。
すると既に酒は血液に溶け込んで、ビールの成分に代謝を促されて、いつの間にか体の奥が熱い。その為瞳も潤む。
レイは邪魔になったマントを外して、テーブル上に組まれた手に薔薇色に染まった頬を押し当てた。
その姿勢のままアズに目をやれば、自然とそうなる上目遣い。
彼女は気だるげにふぅ、と溜息を吐いた。
「なんだか私、酔ってきちゃったかな・・・・・・・?」
途端、アズが吹き出した。
「な、なにかおかしかった?」
何事かとレイは即座に顔を上げる。
「いや?」
さも可笑しそうに笑いながら、彼は言う。
もしかして笑い上戸だったり?
だがレイがそんな事を思っているうちに、彼は自然な笑いを怪しい微笑につくりかえて、肘をついたままテーブルにのり出して、レイの顔の前に自分の顔を持っていき・・・・・・
「・・・・・・じゃあ、部屋に来る?」
怪しく低く、囁いた。
「え・・・・・・?」
初めて見るような甘くせつない響きを含んだ声と表情にレイは背筋がぞくぞくしてしまい、一瞬たじろいでしまった。
鼻が触れ合いそうなほどに接近されて、彼の強い瞳に釘付けになったまま、何故か動けない。
しかし願ってもない誘いだ。部屋なら落ち着いて、話せず終いにいるあの話ができるから。レイは身動ぎせず口だけを動かしてなんとか言葉を発した。
「う、うん!」
すると彼は少し驚いたような顔をして、
「いや、冗談、本当に来るなよ」
それからこめかみを抑えて嘆息した。
冗談だったのか、一体何故彼は部屋に誘ったり来るなと言ったり呆れたりするのだろう。自分のせいなのだろうか。
腑には落ちないが、とにかくまずは接近された時に急に渇きを覚えた喉を潤したくて、レイはビールを口に含んだ。
「そんなにアホそうだとすぐにバージンもってかれるぞ」
「ブホッ――」
露骨過ぎる、それもこんな他人の多い所で、急に何故その話を?
途端レイの口内に含まれたビールがレイの口から噴射された。
それをアズは首倒してかわすと、嫌悪を込めて言い放った。
「うお、汚ねぇ」
「ご、ごめん」
だがアズはやがて、意地悪そうにふっと笑った。
それを見た途端、恥ずかしさとビールをぶっ掛けそうになって申し訳無い気持ちの奥に、なんだか暖かいものを感じる。
まぁ、笑ってくれたならいいの・・・・・・ かな?
そんな事を思って、レイもにへらと笑っているうちに、その感覚が何か似ている事に気づく。
なんか、毛も尻尾も柔らかいのに歯が当たるとちょっと痛い大型犬とじゃれ合うような?
それが気持ち良い事は確かなんだけど・・・・・・・
――あっ!
考えていてレイはそのうち、漠然としているようで実は具体的なその考えの先にある答えに行き着いた。
友達だ! 故郷のみんなに囲まれて話しているような気持ちになるんだ・・・・・・!
まるで長年慣れ親しんだ故郷の友達との心地良い関係を出会って二日にして思い起こさせるのは、彼の遠慮のない物言いだろうか。
――やっぱりこの旅で初めて出来た友達だと、私は思って良いかな、アズ?
けれどやはり口にするには少し自信が無いので、レイは胸の中で言ってみる。
胸の中では、期待を持つのも自由なのだから!
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