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「アズ・・・・・・」
それは宿で二人きり、とりとめの無い話をして、窓から覗く星空を肴に酒を交わしていた時の事だった。
アズがふと黙ってしまい、不思議に思ったレイは彼の顔を覗きこもうとした。
するとアズもグラスから視線を外して、二人の視線がぶつかった。
レイは息を呑む。
普段は少しきつめの印象を受けるアズの紅眼が、今は甘やかなせつなさを帯びて、レイを正面から捕らえていたのだ。
それからアズは、視線は外さぬままに突然立ち上がると、レイの腰を掬い上げるようにして椅子から立たせ、彼女の腰を力強く自らに引き寄せ――
・・・・・・そして、口付けを落とした。
離れてゆくアズの唇がほんのり残したワインの芳醇な香りに、レイは思わずうっとりと目を閉じそうになる。
だがその時、彼の少し冷たい掌がふっと太ももに触れたため、見る見る我に返っていった。
とろけそうな余韻から我に返ってみると、なんだかとても――
な、なんかこれはとってもまずい気がするよ・・・・・・
「ね、アズ――」
しかし彼は答えない。
変わりにミニスカートの丈ぎりぎり近くの違和感に釘付けになっているレイの顎を、それとは逆の手で上向きに傾けさせた。
そして今にも第二派が降り注ぐその瞬間、レイは思考を巡らせた。
ど、どうしたんだろうアズ。
第一私、人と唇にキスなんて初めてだよ。
故郷では動物達と良くしてたけど・・・・・・
そうだ、犬達は元気にしているかな・・・・・
皆、元気かな・・・・・
そこまで考えて、レイはっと瞳を開いた。
そうか、そうだよね。
アズは今こんな気持ちがすごく高まってしまっているんだ。
だから、人肌が恋しくなってしまったんだ。
きっとアズも淋しいんだ・・・・・・!
レイはアズからがばっと身体を離し、彼の肩をぐっと掴んだ。
「アズ、埋めてあげる!」
「は? あんた急に何言って――」
高らかに宣言すると、レイは椅子に掛けてあった厚手のマントを羽織つつ、言葉の真意が解らず訝るアズにむかってぐっと親指を立て、一度眩しい笑顔を向け、飛ぶようにして部屋を出て行った。
アズの淋しさを少しでも埋めてあげたいよ・・・・・・・!
レイの心にあるのはその一心。
所在無くなった腕を降ろし、一人部屋に残されたアズはしきりに首を傾げていた。
「あいつ、俺を人柱にでもする気なのか?」
しかし、彼が悩むのもその筈である。
そもそもアズは、先のヘヴァの町でレイと同じ敵を相手にし、それから酒場で偶然再会して、その夜、勢いで自分が彼女を『女』にしてしまったものと思い込み、一種の責任感のようなものから半ば引きづられる様な形でダラスラの町まで付いて来たのだ。
「せめて遺跡探索が終わるまで付き合って欲しい、そう言ったのはあいつなのになぁ」
あの晩、アズの腕に惚れこんだレイは、酒場で呑んだ後、アズの宿泊する部屋を訪れた。
新米冒険者のレイにとってはアズが初めての旅仲間であり、また彼の強さに魅せられて、一緒に旅がしたいという旨を伝えに行ったのだ。
ところが彼は既に眠りについていて、レイもそのまま、横で眠ってしまったのだった。
つまり、アズが思うような事実は何も無かったのである。
アズにその一晩の記憶が無いのも、酔いのせいではなくただ単にレイが訪れたときには眠っていたからというだけの話だ。
しかし二人で迎えたその朝、妙な会話の食い違いの末、初めてだからもう少し一緒に、せめて遺跡までつきあって欲しいというレイの主張が伝わって、
ダラスラまではそう遠く無いからと、アズが渋々承諾するのに至った。
それが事の真相であるのだが・・・・・・
彼はレイの出て行った戸口を呆然と見つめていたが、やがて、
「わからん」
呟くと、コートを脱ぎ捨て一人ベッドに身を沈めた。
翌朝、アズの枕元には、微妙な顔をした木彫りの猿がそっと置かれてあり、その横にミミズの踊ったような字で"慰める猿"というタイトルが添えられていたという。
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