Traces of fantasy
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 フェリスの相変わらずの微笑が浮かべているのだが、それが腹立たしかったのだろう。
 おもむろに立ち上がるとアズはフェリスを睨みつけ、ぶっきらぼうに言った。

「帰るか」




 行きはこわいが帰りはよいよい。
 今やこの鉱山で恐ろしいとされるクイーンも、その更に上位のジョーカーまでもが、いない。その上、戻るにつれ坑道には再び人工灯が並び、フェリスの光球もあるので三人の周囲には十分な明るさがある。アズも目覚めた時には全て終わっていたという事にどこか気抜けしているようだった。だから緊張感はなく、というよりむしろ和やかな空気の中、歩きすがらにフェリスはジョーカーの出生について自分が知っている事を話し、後に続く二人はそれを聞いていた。
 そしてふとその会話が途切れたのは、三人が来た道の中間辺りまでさしかかった時の事である。先頭を歩いていたフェリスの足が急に止まりレイは一瞬どうしたかと思ったが、すぐにそれが何故であるかに気がついた。
 歌が、耳に流れてきたのである。労働歌のような、祝い歌のような、テンポ良い陽気な調べが。
 それが誰の歌なのかも、レイにはなんとなく、わかった。

(これって、もしかしてノッカーの・・・・・・?)

 するとレイの耳を欹てる様な仕草に気づいたらしく、フェリスは少し驚いた風だ。

「聞こえているのかい?」

 レイはフェリスに頷く。
 と、そこへ、訝しむような感情を視線に乗せアズが口を挟んだ。

「俺には何も聞こえないけど?」

 レイとフェリスの会話から、二人に何かが聞こえているのだろうだろう事はわかる。それに二人の様子からそれが悪いものでもなさそうであると判断したので特に動じる事もなかったが、自分には聞こえない何かにアズは怪訝そうである。
 フェリスはそんなアズの心を知ってか一度くすりと笑んで、再び歩みを始めつつ、アズには歌が聞こえない理由を話してくれた。レイ達も後に従う。

「ノッカーは喜んでいるみたいだね。しかし君に聞こえないというのはそれは仕方がないのだよ、そもそも妖精の歌は人族にまで聞きとれる事自体が稀有なのだから」

 滅多にない事なら尚、その幸運がレイは嬉しかった。耳を傾けると聞こえてくるその歌は奇天烈だが、愉しそうな歌だ。出来る事ならアズにも聞かせてやりたいものである。

「私には聞こえるのにアズに聞こえないのはどうしてなのかな?」

 するとフェリスはより詳しくアズにだけ聞こえぬその理由を話してくれた。自然と共生するエルフはこういった妖精や精霊に関して特に多識な種族なのである。

「それはね、稀に人の耳に届いたとしてもそれに気づく事が出来るのは、邪気を持たぬ鉱夫達と清らかな生娘(おとめ)に限られるからだよ」
「ぶっ!」

 “おとめ”というフレーズ辺りで、怪訝そうだったアズが急に吹き出した。だがレイから視線が寄せられると、青い反応をしてしまったと反省したのか顔を戻して単調に言った。だが笑いを隠しきれないのか、それ程隠す気もないのか、その声は少し震えている。

「や、悪い」

 一方、レイはちょっぴり顔を赤らめた。
 が、そういうことに関して、レイは疎い。深い男女の関係というものには。それは遺伝子レヴェルで形成される先天的な性格の他にも、彼女の育った環境が少なからず影響しているだろう。
 彼女の出身は大陸南端に位置するリルトサートという小さな村だ。店はよろず屋が一つに診療時間は不定期だが行けばいつでも診てくれる診療所のある、自給自足の定着したその長閑な村には、数える程しか若者はおらず、その上小さな村の中で毎日のように顔をつき合わせる彼らを、レイは男も女も皆兄弟のように思っていた。異性として特別意識した事がなかった。
 勿論、ただ無垢なままに育ってきたわけではない。照れたり、どきどきしたり、格好良いなと思ったりなどということはある。いや、むしろその部分に関しては逆に強いかもしれない。素敵な人だと思えば男でも女でもすぐに惚れこんでしまうし、憧れている人物というのも居り、彼に思いを馳せるときばかりは彼女もミーハーになるが、しかしそれは恋の様であり恋とは違う感情だ。そのため、恋の先にある深い関係などにもあまり考えた事もなかった。

 よって、レイの視線と言うのは別にアズが吹き出したから自然とそちらに向いただけのものだった。ちょっぴり顔を赤らめたのも、思わぬところで経験の有無を明かされての年頃としてはありがちな生理的反応で、別に感情を伴った反応ではなかった。
 それで、何気なしにレイは呟いた。

「なるほど、生娘だから聞こえるんだね」

 せっかく封印されたアズの笑いが復活を遂げた瞬間的出来事であった。




  そうして、思考を読み取りにくい微笑、思わず吹き出したもの、歌に感動するもの、三様ではあったがそれぞれ笑顔が灯ると、そこはいつの間にか鉱山の口で、抜ければ山の外には無条件に感傷に浸らされそうな真っ赤な夕日が落ちようとしていた。

「それじゃ、私は此処で失礼させてもらうよ」

 そこで、フェリスが少し二人から距離を置いた。
 このまま皆でベリングのところへ向かうものだと思っていたレイは面食らって、思わず「え?」と小さく漏らす。
 同じく驚いた風なアズが報酬はどうするのかと尋ねると、フェリスは頭を振り、

「私はノッカー達を悲しみから解くために此処へ来たからね、可愛らしい女の子と今日一日過ごせたのが報酬ということに」

 言って、笑った。

「ふん、色好きなやつだな」

 アズは呆れたように肩を竦める。が、その隣でレイは俯いていた。

「フェリス・・・・・・ そっか、もう行っちゃんだよね」

 溜息混じりに呟く。確かに、一緒に過ごした時間は短い。日数にしてはものの二日、実質はそれにも満たないだろう。昨日ベリングの所で会って、別れて、今日途中で合流して・・・・・・ いや、短すぎる事が今は寂しいのだ。

 もっと話を聞いてみたかったな・・・・・・

 自分の知らない多くを知るエルフのフェリス。行きの様に急いだわけでもないのに、帰りの方が早く感じたのもきっとフェリスの話があったからなのだと今になって思う。

 そんな名残惜しさは、レイの顔にも声にも在り在りと顕れていた。
 すると、フェリスは俯きに前へ流れてしまった彼女の長め髪を一房すくい上げ、幼子をあやす様に優しく語りかけた。

「また、ね」

 その声音はどこまでも優しい。けれど優しいから、「また」という言葉が余り現実味を帯びなくて余計にせつなくなってしまった。

 広いこのソレイアで、会う事は・・・・・・・

 しかし、フェリスの言葉には寂しくもほっとしたのも事実だ。

 うん、さようならって言われるよりも、やっぱりこの方が良いかな。

 そしてレイはそのほっとした方を信じてみようと思った。そういう性格だった。浮かんだ悲しい予想には頭を振って、笑って自分も口にしてみる。
 
「フェリス、またね」

 するとフェリスは満足げに微笑み、再度別れの挨拶をして、やがて二人の向かおうとするヘヴァの街とは違う道へ姿を消した。



 フェリスを見送り終えて、レイはちらりとに立つアズを見た。
 幾度かの偶然を経て、今二人でいる。困った事に、既に親近感が沸き始めている。

 ――しかし、彼とも今日で別れるのだろうか。

 夕日の赤が少し、せつなく染みた。






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【 アトガキ 】
 第11話、お読み頂きありがとうございましたー!
あぁ、フェリス!腕さえあればもっと美人に描いてあげたいなぁ・・・・


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